活動レポート

全国各地で展開している、ファーモを使ったスマート農業の実証事業を現場からレポート。
その土地ならではの課題や特徴も交えてお伝えします。

【エンジニアから農家への転職】モノづくりをする仕事から、「脱サラ」して米農家の道へ。

左側:)見目<kenmoku>さん
2021年で40歳。2人のお子さんがいる。4年ほど前から水田ファーモを使用中。

モノづくりが好きだった学生時代

学生時代から、モノづくりがしたかった。その中でも、「鳥人間コンテスト」の飛行機を作りたかった。それを学ぶために工学部で勉強していた。実際に、「鳥人間コンテスト」の飛行機部分を作ったり駆動の部分を作っていた。最高で61m飛んだ。作るにあたって設計をしたり飛行機の素材を軽くしたりするために、徹夜で作業することもあった。

大学卒業後もモノづくりの道へ

元々、大学で工学部だったのもモノづくりがしたかった。その中でも車が好きだったので、自動車の会社に勤められればいいなと思っていた。しかし農業を手伝わなければいけないというのが頭の中にあったので、なるべく家から通えるところにという事で栃木県で就職先を探していた。
しかし、就職氷河期だったので就活は大変だった。そんな時トラックとバスを作っている会社に就職が決まった。
その中で、辞める直前にやっていた仕事がトラックやバスに強い電波を当て、コンピュータが誤作動することが無いか車内に嫌な電波が入ってこないかどうかを調査研究するような研究部門だった。その会社で10年間勤めた。
その後の会社員人生でキャリアアップというものを考えた時に、川崎の方に行って戻ってきたら上に上がれると上司に言われて、「1年間離れると生まれてきた娘が可愛いから離れるのが惜しくなった。仮に戻ってきて辞めてしまっても、会社の迷惑になるとも考えたので、キャリアアップの道は断った。」と話していた。
一般的に難しいと言われていた資格試験があった。
上司も4回取得までかかっていた所を、見目さんは1回で合格した。
しかし、複数のタイミングが重なったことを機に、退職を決意。

家業を継ぎ就農。

就農したのは、33歳の時。特にきっかけというものはなかったが、心のどこかでは就農することが頭にあった。会社での目標としていたものをクリアしたのと、娘さんが生まれて就園するタイミングで奥さんと相談して脱サラをし就農。就農した現在は、小学校4年生と年長さんになるお子さんが二人いる。お子さんとの時間は、サラリーマンの家庭よりも比較的取れており、自宅にいるときは遊んだり勉強したりしていると話していた。

ミルキークイーン、栃木の星、コシヒカリを栽培している。しかし昨年から、コロナの影響で外国人観光客が減り米の消費が減ったことで米が売れなくなってしまった。その影響で在庫を抱えていた為、年々下落するお米の価格もあり思ったように売れなかったと話していた。

未来に農業を残していくための活動

農業を営むだけでなく農業指導もされていて、昔ながらの手で植えて手刈りで稲を刈り取る農業だけではなく、「カッコイイ現代農家」をテーマにGPS機能のある田植え機だったり、ファーモの水位センサーを使って子どもたちに知ってもらうきっかけづくりとして食育指導を子どもたちにしている。

水田ファーモの刺さっている見目さんの田んぼ。

自動車を作る所から、農業への道への転身。転職って勇気がいることだけれど、今が幸せそうな見目さんを見ていたら、当時は凄く悩まれた事だったと思いますが転職する道も正解だったんだろうなと感じた取材でした!!

見目さん宅のエントランスからお届けしました。


見目さんに水田ファーモの感想や取材模様の動画もありますので、下記リンクよりご覧下さい✨
https://youtu.be/tzIxDopcx3A

見目さん取材させていただいてありがとうございました(^▽^)/
失礼します✋

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